「あんた、見てるだけなら、助け……っ!」
「負けといて相手にそんなこと言うんだ。お兄さん、そういう奴嫌いなんだよねぇ。だから、ま、諦めなよ」
「俺、お前のそういうところ嫌いだわ」
「お前らよりはマシだと思うんだけどね」
「ぜってー、テメェSだろ」
「それお前には言われたくないなぁ。あ、お前らか」
「まぁ、なんにせよこれでお終いやな」
身なりの整った青年は柔らかな金の色の髪を弄りながら、空のように晴れた水色の瞳で転がる他人を見下し。
ネクタイを緩め、カッターのボタンを外して、色素の薄い髪を揺らしながら、珍しい紅玉の瞳で目の前の男を見つめ。
そして、日に焼けた褐色の肌を持ち、揚々と光る草原の色をした瞳の男は前を見据えている。
足元に倒れるのは他校の生徒。売られた喧嘩は全て買う、それが彼の決まり事。そうやって巻き込まれるのは前者の二人。呆れてはいるものの、喧嘩自体は嫌いではない。そうでなければ付き合ったりはしないだろう。
しかし、派手なことは好きだけれど、隠したいことは隠したい三人。素行の悪さからそんな歳には見えないかもしれないが──彼らは受験生。大人たちに見つかって内申に響いては面倒くさいことこの上ない。
喧嘩をする時間は、寝静まった後の夜。喧嘩をする場所は、暗い路地裏。夜の静けさに風の音と獣の声が混じり合うこの時間に、彼らは拳を振るう。今日も、その通り。
「なぁ、あんた。いつまでそうしてるつもりなん? 仲間、やられてしもうたで。どうするんや」
次はそっちやろ、と夜の暗さが混じった緑の瞳で彼は訴える。だけど、彼の視界にうつる男は動こうとしない。転がる仲間を起こそうともせずにただ、立っている。
暗さから男の顔は見えないが、彼らよりも小さく華奢であることは確かだ。けれど──放つ威圧感はそこらの不良よりも格式高く、ひしひしと肌に感じるものがあった。
彼が手を出さないのは、本能が彼の行動を止めているからだろう。
「……また、会いましょう」
「何ゆうてるんや……?」
単調な音で綴られた言葉の主はそれだけ言うと、ふと姿を消した。夜の闇に溶けるように、彼が後を追った時には既に姿はなかった。
「何なんや、あいつ」
「さぁな。強い奴ってことは確かだけどな」
「それなら名前くらい分かるはずだよね」
「あんなちっせぇの初めて見たぜ」
「そやなぁ。けど、また会えるってことやろ?」
子供の好奇心と、本能から来る好奇心を孕んだ声音でそう紡ぐ彼の瞳は爛々と光っている。それに、少しの怖気を感じたのは言うまでもない。
「楽しみやわぁ」
それは、静かな夜の中での邂逅だった。
静かで小さな、少しの縁。
縁や運命、そんな曖昧なものを彼は信じてはいない。目の前にあるものをひたすらに追いかけ、求める、現実的なようで夢を見ているような彼。
けれど、その時、確かに感じた──縁というもの。
こうして、小さな縁を境に彼は変わる、そして──中学三年生の冬は過ぎて行く。
◆
「って何年前の話や」
「俺らが中三の時だから、三年前か?」
「もうそんなに立つのね、お兄さん吃驚。で、会えた?」
「分からへん。顔も名前も知らん。もしかしたら会ってるかもしれへんな」
「またってことは同じ学校かもな。にしてもよ、お前、結構丸くなったよな」
「結構っていう度合いじゃないと思うけどね。改心したって言うべきか」
晴天晴れ渡る空の下に彼ら三人は集う。屋上のフェンスにもたれ、三人は会話を続ける。勿論、授業中である。
物腰柔らかそうな優男がフランシス・ボヌフォワ。つり目がちな紅玉の瞳を持った男はギルベルト・バイルシュミット。そして、陽気な声といつでも爛々と光っている濃緑の瞳を持った、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。
この三人は学年、クラスと同じでサボるのも悪さをするのも中学時代からいつも一緒だった。この高校に三人仲良く揃って入学すると教員が聞いた時は涙目になったという噂もちらほらと転がるほど、素行は悪い。
だが中学時代を知るものや、彼ら三人は思う。高校はまだマシだと。
「なんかなぁ、あいつ見たら他のもんちっさく見えてな。喧嘩すんの馬鹿みたいになったんや」
「いや、その後も普通に喧嘩買ってたよね?」
「それはそれや! それに、そんなん中学までやったやろ? 高校入ってからは、そんなんあんまなかったやん」
「……まぁ、ね」
過去には色々あった。過去というほど、遠い過去ではないのだけれど。それでも、そう呼んでしまいたいくらいに忘れてしまいたいことが高校に入学してからあったのだ。
少し伏せられた濃緑の瞳と水色の瞳。一番気まずそうな色を灯すのは紅玉の瞳を持ったギルベルトだった。
「なーんでもいいから、面白いことないかなぁ」
「おもしろいことねぇ」
「あ、そういえば。菊が呼んでたぜ」
「……なんや、嫌な予感するんやけど」
「お兄さんも」
「でもあいつ怖ぇからよ……」
「ほな、昼休み行こか」
「いや、放課後に来てくれって」
「俺、帰宅部やから帰るわ」
「俺も生徒会の仕事あるし」
全く感情の籠っていない声で二人は淡々と言い、そろりと視線をギルベルトへと向ける。
「結局俺一人かよ!」
「いつもやんか。気にすんな!」
「そうそう。気が向いたら行ってやるから」
「くそっ」
「あ、チャイム鳴った。昼休みやでー」
「あー畜生!」
「はいはい。行くよ、ギル」
「そんな拗ねんなや。行くで」
「……おう」
三人は屋上を後にし、授業の終わった教室へと向かうのだった。