淡泊で××な私たち


 冬になる一歩手前の秋。色とりどりの葉や花。どれも真っ赤に自分を色づかせ、色のない冬に備えようとしている。
日本は冬だった。雪で全てが真っ白で、静かで、つまらないと感じた。そんな時期がもうすぐ自分の国にもやってくるのだと思うと彼は憂鬱になりそうだった。
 生物が眠る冬は静寂が世界に降りる。木々は風が吹いても音を鳴らさない、小鳥のさえずりは聞こえず、行きかう人々の声もどこか元気がない。それがたまらなく嫌だった。

『貴方たちは淡泊ですね。雪みたいに』

 そう日本が言ったのを覚えている。静寂に落ちるキレイな声がまだ耳に反響しているかのように、はっきりと脳内の日本は言った。
 自分たちの関係が淡泊であることは少し気が付いていた。
 歳が歳だから、体を重ねたことはある。けれど、それは決して甘美なものではなく、本当に淡々とした行為。睦言を交わすこともない、キスをすることもない、優しく抱きしめることもない。ただ、付き合っているという事実があるだけだった。
 それが駄目だとは思わないし、直そうとも思わない。かと言って、相手を特別愛しているわけでも、信用しているわけでもなかった。
 ただ、好きだから。
 淡々と淡々とそう思う。きっとその裏にあるのは信用だとか愛情なのだろうが、そんなこと考えないし、感じない。それでいいのだと思う。雪のように真っ白で、草原のように地平線が続くように、凹凸も色もない、そんな感情が自分たちの形だと思っている。

「ってことなんだけど、君はどう思う?」
『言うことが日本らしいな』
「だろう。そんな感覚的なことどうでもいいと思わないか?」

 耳をくすぐる声は愛しい恋人のもの。彼はビルの屋上から見える夜景に目を細めて、ふと笑う。
 電話越しの彼も笑っているに違いないと思えば、少し苦笑いも漏れた。そうだな、と肯定の声が聞こえてそうだろうとまた笑う。
 こうして久方ぶりに彼の声を聞いても、ただ変わりはないのだなと思うだけでほかの特別な感情は湧いてこなかった。会いたいとも思わない、ずっと声を聞いていたいだなんて乙女チックなことも思わない。そこにいるだけという淡々とした事実が現実に転がっているだけの話。感情的になることもない、ほんとうに淡々としていて淡くてそれでも何処かは繋がっているという淡白な関係なのだと改めて彼らは実感する。
 その淡さに危機感を覚えるはずもなく、ただその関係に安心するだけだった。

『ま、お前が子供ってことだな』
「君はまだ親面をするつもりなのかい?」
『ちげぇよ。オレらから見たらお前はまだまだ若いんだ。子供に見えたってしょうがないだろ』

 遠い昔、親子のように過ごしていた時期があった。決別はしたけれど、その情が薄らいでいるわけではない。子供扱いされるのは嫌いだが、長い長い時間を生きてきた彼ら国にとってアメリカのような新参者は何百年経とうと若く、幼いのだ。
 イギリスにとって見れば、アメリカは全く淡白ではない。イギリスが日本にアメリカと同じことを言われても、きっと『そうなんだろうな』と淡々と流していくだけだろう。そこに何の疑問も、不安も抱かずに淡々と流れる時間のように過ぎ去って行くだけの事柄だろう。
 ──以前、そこに不安も見せないほど自然に、当然のように好きでいてくれて、愛してくれていた人物がいた。

「君は不安なのかい?」
『んなわけねぇだろ』
「それならいいじゃないか」

 アメリカの携帯を握る力が少しばかり強くなった。昔々のことをイギリスが思いだしていることなど、手に取るように分かる。それに怒ったわけではなく、ただ単純な嫉妬。
 当然のように好きで、自然で、それでいて不安や疑念を抱かせない。簡単なようで難しいこと。何かしらに形を求める生き物は無形のものに易々と縋りつくことなんてできないのだから。ましてや、愛なんていうロマンチストのようなものなんて。

「めんどうなんだよね。愛情をあげなきゃいけないとか、恋人らしくしなきゃいけないとか」
『オレがそんなことを望んだか?』
「全く。だから君は楽なんだよ。付き合っているだけでいい。愛情が欲しいとか恋人らしくしたいとか言わないから」
『お前って──』

 恋人の発した言葉にアメリカは笑う。声を出してではなく、三日月のように口元を歪ませて、青色の瞳を妖しく光らせて。
 全てがめんどうだから、淡い関係になってしまう。愛情だとか好きな理由だとかそんなに深く考えないから淡泊になる。
 雪のように表面だけ見ればキレイな関係のようだが、雪の下に埋まるのは汚い泥や人工物。淡泊な裏には何かある。昔々のことや、人には言えない感情の渦。
 開けてはいけないパンドラの箱のように、表だけを見て満足していればいいのだ。
 付き合っているという事実だけがあればいい。蓋に触れることなく、ただ淡々とことを成せばそれだけでいいのだと彼らは思うのだ。


『お前って、怖いほど冷静だよな』


 その通りだよ、イギリス。と淡々とした口調でアメリカは答え、電話を切った。



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